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2008年1月

2008年1月30日 (水)

ハンドとサッカー

”にわかファン”だけど、ハンドボール日本代表を応援した。
TVだけどね。

30分ハーフの前後半っていうのも、
選手の入れ替え自由っていうのも、
2分間の退場ってのがあるっていうのも・・・
初めて知ったくらいなんだけど、
スピーディーな展開でとてもハラハラした。

何より驚いたのは、キーパーが素手で守ってること。
これも決まりなんだろうか?

結果は負けてしまったけど、
同時刻に近所でやっていたサッカーよりも
内容ははるかに面白かったよ。

ってことで、
昨日のハンド×サッカーにおいては
ハンドの圧勝だったなぁって思う。

でも、啓太がとうとう日本代表のキャプテンに・・・
成長したなぁ。

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2008年1月25日 (金)

うみ

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葉山の先の「佐島マリーナ」より。
やっぱり海は”見るもの”だ!!

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2008年1月24日 (木)

勝ったぜ!!

今朝の『とくダネ!』の中の「朝のヒットスタジオ」ってコーナーで、
渡辺美里がゲストだったので思わず録画。

久々にTVで見るフリートークも楽しかったし、
朝+生という悪条件での歌声もさずが!
最後の「Thank you!アマタツ~!!」ってシビレタなぁ。

番組内で小室哲哉について語っていたけど、
松たか子と結婚した佐橋佳幸も、
AKKOと離婚した小林武史も
渡辺美里と絡んでるんだよね。

『とくダネ!』メインキャスターの“物知り”で”音楽好き”な小倉さんは、
彼女が20回(20年)行った西武球場でのコンサートのうち、
”2回だけ”行ったことがあるらしい。

小倉さんに勝った!!

自分は通算”4回も”行ったことがあるので。
しかも最後の20回目のコンサートは、
会社の先輩・後輩、そしてその友達や奥さんや・・・総勢20名近くで見に行った。
こんなに幅広い層に受け入れられるアーティストってなかなかいない。
そこが彼女の一番素晴らしいところだと思う。

先週のこのコーナーで取り上げた中西保志のアルバム2枚が、
ランキング圏外から一気に21位と23位上がったらしいので、
まもなく発売される新曲「yes」もヒットするのだろうか?

それから8/9には「2008年の美里祭り」が
山中湖じゃなくて東京ビッグサイトで開催されるとのコト。
「美里部」復活させようかな。

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2008年1月23日 (水)

悲しすぎる・・・

あまりニュースについては書かないけど、
このニュースを読んで本当に胸が痛くなった。

たぶんTVでは今日のニュースや明日のワイドショーでも
トップで取り上げられるだろう。

それは、つい最近報道されたばかりの「新生児強殺事件」の被害女性だった。

目の前で何もすることができないままに子供を失ってしまった。
しかも鍵をかけておけばとか、自分のせいで・・・って深く自分を責めたり、、、
これは想像を絶する辛さだったんだろう。

でも、残された夫となるべく大学卒業を目指していた男性や家族のためにも、
自殺という選択はしちゃいけなかった。

子供が生ませ幸せの絶頂からわずか1ヶ月足らずで・・・
あぁ、残された男性は今何を思うんだろう。

なんともコトバは出ないくらい、とくかく悲しすぎるニュースだ。

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宇都宮にて。

仕事がら、出張でも北の方に行くことが少ない。
でもひょんなことから発生した宇都宮出張。

宇都宮自体は学生の時には
友人が住んでいたりスキーに行ったりしたので
何度か行ったことはあったのだけど、
それ以来めっきり行く機会が無かったので10年ぶり。

今回、生まれて初めて東北新幹線(MAX)にも乗った。
自由席だったけど3人掛けの座席が両サイドに。
席間の肘掛は無いもののやはり狭く感じる。
東海道新幹線は快適なんだなぁって改めて気づく。

で、仕事も早々に終わり(歩き回って疲れたし)、
やっぱり楽しみにしていた餃子(+ビール)。

一度行ってみたかった『正嗣(まさし)』へ行ってみるも、
まだ5:00だというのに満員御礼。
さすがだ・・・
しかもココにはビールが無いじゃないか。。。
餃子だけ(しかも焼き・水の2種類)って成り立つんだ。

じゃぁ、ってコトで近くの『みんみん』へ。
ココも有名店だけど、実は前に行ったことがあったので、
ビールを飲んでも長居をしづらいことも知っている。

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味は「ウマイ!!こんなの食べたことが無い!!」って言うほどでもない気がした。
すんません。
でも、よくよく考えたら餃子って決して「主役」を張るモンじゃないと思うので、
不味くなければ、それでいいんだと思う。

地ビールも含め、30分くらいで焼き・水・揚げを頼みまくって、
チャチャっと退散。
しかし男4人がたらふく食って合計4000円ちょっとって、安さの方が驚いたよ。

その後駅前まで移動し二次会。
そこはハッキリ言って料理は不味いし、何よりお店自体がトイレ臭い。。。。

だから、ちょっと飲んだら帰ろうって思っていたのだが、
酒がすすむにつれ何かと共通点の多い同世代の男子4人の
昔話に花が咲き、気がついたら新幹線の終電の時間。

けっこう楽しかったなぁ。

・・・あれ、でもコレって東京戻ってきてからでも良かったんじゃ。。。
ま、いっか。

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2008年1月21日 (月)

雪が好き♪

寒すぎるのは好きではないけれど、
東京にいると年に数回だけの貴重な気候だし、
何も音がしなくて降り積もっていく様子を見ているのは
時間を忘れるくらい楽しい。

そんなに好きなら雪を見るために、
山や北の方に行けばって思うかもしれないけど、
それは違う。

いつも見慣れている風景が雪で白く染まるトコロが楽しいから。

でも、結局雪は降らなかった。
去年も、今年の初雪も見れなかったので、
もう2年くらい出会ってない。

おとといくらいから何度も何度も天気予報を見て
正直、子供のようにワクワクしていた。
昨日も夜中に目が覚めたときに、
思わず窓を開けて確認したくらい。

今回は天気予報が雪が降るって言ってたのを
100%信じ込んでいただけに完全な肩透かしをくらった。。。

う~ん。
早く東京の雪景色を見たいなぁ。

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2008年1月20日 (日)

レッズ「7」の変遷

浦和レッズの歴代背番号「7」の選手たち。

1997年の固定背番号制導入以来、
①97~01途中・・・ 岡野雅行⇒神戸へ
②02・・・・・・・ 永井雄一郎⇒不調で翌年引退した福田の「9」に
③03途中・・・・・ エジムンド⇒帰国
④04~07途中・・・ 酒井友之⇒神戸へ
⑤08~・・・・・・ 高原直泰

実は最近「7」で活躍してないんだよなぁ。。

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2008年1月11日 (金)

浦和レッズの背番号7

日ハムの背番号「18」と同様に行く末が気になっていた
浦和レッズの背番号「7」が高原直泰に決まった。

・・・ま、活躍してくれれば見慣れるでしょう!!

エンブレム上部の☆が増えてる!!って、ユニデザイン違うじゃん。。変わったのかな??

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大型トレード

日本ハムとヤクルトでの3-3の大型トレードが成立。
両球団から正式に発表された。(日本ハムヤクルト)
F川島・橋本・押本-S藤井・三木・坂元の6名。

贔屓のチームの好きな選手がいなくなるのは寂しい気もするけど、
個人的には良いトレードだと思う。
素質は優れていても伸び悩んでたり、チャンスが少なかったり、
何か壁にぶつかっているような状況であれば、
環境を変えてあげるほうが選手にとっては幸せだと思う。

しかも両チームともに新監督を迎え再出発を図るところだし
みんな活躍できるといいね。

ちなみにこのトレード話、
球団からの正式発表の前に新聞で報道されたり、
(おかげで本人への通達より先に報道で知ってしまったようだ)
該当選手が先に自身のブログで報告しちゃったり・・・
なんだか順番がメチャクチャだった。
こういうのが球団と選手間の信頼関係の亀裂を招くんだよなぁ。

何はともあれ、日本ハムではガンちゃんの引退以来2年間空き番号だった
「18」が藤井に決まった。

ヤクルト時代からのエース番号を引き継げるなんて、
藤井にしても何気にラッキーだったのかも。
個人的にも背番号18のサードユニを持っているので応援せざるを得ない。
コチラが着るのが恥ずかしくなるような成績を残さないように頼むよ!!

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2008年1月10日 (木)

インスタントラーメン

年末の話。
学生時代の仲間と忘年会。

なかには6・7年ぶりにあったヤツもいる。
卒業してから仕事も勤務地も家族構成も居住地域も・・・
みんなバラバラ。

でも、おいしい鍋とお酒があれば、
3分であの時に戻れる。

そう。
インスタントラーメンのように。

学生時代には何かとみんなで集まりダラダラ・ぐうたらと
TVゲーム・マージャン・プラモ作り・モデルガン・・・
周りの人から言わせれば、
それはもう、安っぽくムダだと思えるような時間を共有してきた。

そう。
インスタントラーメンのような。

でも今なら胸を張って言える。
みんなと過ごせたあの時間こそが自分にとって最も心地よかった、
奇跡のような時間
だったって。(ハチクロじゃないけど)

安っぽくたってインスタントラーメンが好き♪

そんな事を当時のパワプロの自チームでエースだった
津野投手のことを書きながら思ったのでした。

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2008年1月 8日 (火)

津野浩投手

サンスポで懐かしい選手の記事を見つけた。
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自分が日ハムファンにどっぷりはまるきっかけとなった選手が
津野浩投手だった。 
※浩→広志→浩志と改名
モデルのようなすらっとした体系で、
プロ野球ニュースのトークゲストに真っ赤なジャケットと黒のタートルで登場したり、
(確か)真っ赤なポルシェに乗ってたり・・・
何かとセンセーショナルな、後の新庄のような選手だった。

肩書きに「元日本ハム」って書いてあるのがウレシイな!!

ってコトですごく思い入れのある
津野投手に関して再編集。


津野投手は日本ハムの元エース(背番号30)。
速球派でSFFが武器。
 ⇒コレが原因で肘を故障と言われている。
晩年はシュートピッチャーだった。

高校(高知商業)時代から、
恵まれた体格から投げ下ろす直球とカーブのコンビネーションの本格派として活躍。
※同期には水野(池田)・野中(中京)・藤王(享栄)+池山(市立尼崎)ら
 ・・・そういわゆる40年会の面々がいたのでイマイチ注目されず。。
しかし、吉井(箕島)から満塁本塁打を放ったのはよく覚えている。
そして続くPL学園(KKが1年生の時)戦の壮絶な打撃戦も(桑田から本塁打)。
ちなみにノックアウトされたあと出てきた1年生の中山が好投したことも。

ドラフト3位で日本ハムに指名され高卒1年目からローテーションの一角として4勝(8敗)。
当時、渡辺久信(L)・加藤伸一(H)と19歳トリオとして騒がれていた。

その後、3年連続開幕勝利投手となるなど、
エースとして不動のポジションを築ていくと思いきや、
トレンディエース西崎をはじめ、武田、松浦、酒井、白井勝(+柴田)など若手投手の台頭と
肘の故障の為に年々調子が上がらなくなってく・・・。

そして1991年オフ、広島・金石とのトレードが成立
金石はその後日本ハムの守護神として活躍をしていくが、
一方の津野はその年、一軍でアウト2つしか取れず戦力外通告。。

翌年、津野は肘の調子も良くなり中日の入団テストを受け見事に合格
移籍1年目は敗戦処理(ロングリリーフ)から始まり、
チームの故障者続出に伴い、中継ぎ中心に時には谷間の先発と活躍していたが、
優勝争いをしている9月上旬、エース山本昌が故障で離脱すると、
当時の中日を象徴する与田・森田病(一人の投手を怪我するまで酷使する)にハマッてしまい、
先発・中継ぎとフル回転し予想通り肘・肩を壊してしまう。
翌年はプロ入り初の登板機会無し⇒2度目の戦力外通告。。。

翌年まだ29歳だった津野はもう一度テスト入団でロッテ入り。
しかしチームが黒木を中心とした若返り施策のため、登板機会はほとんどなし。
3年目のシーズンを終了後、3度目の戦力外通告。。。。

その後津野は阪神の入団テストを同じくロッテから戦力外通告を受けた
マイク仲田・遠山らと受けるも不合格。
※当時「野手」だった遠山が「投手」として合格したのもこの年。

そして翌年「プロ野球選手」から「プロゴルファー」へと転身することになる。

通算成績 231試合53勝71敗 防御率4.61
本当は「泥臭い」なんて全く似合わない雰囲気の選手だったのに、
結果的には2度のテスト入団など最後の最後まで「泥臭く」頑張った選手だった。
自分にとってはどんな記録よりも本当に記憶に残る「エース」だった。

引退後数年たった今では、マスターズリーグの札幌アンビシャスで再びエースとして最多勝となり
優勝に大きく貢献するなど、現役の時以上?に大活躍!!

今季も現在投手最多の16イニングを投げて無失点記録を継続中!
すごい!!

現役を引退しても全然体系変わってないし、
津野の投げる姿、見に行こうかなぁ。

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2008年1月 7日 (月)

モエヤン

ヌーブラヤッホー♪

年末から年明けにかけてインフルエンザ?で病床にふけてたとき、
高熱にうなされながらも、なぜだかずっと頭から離れなかった。
ある意味励ましてくれたような??感じだった。

ありがとう!モエヤン。
 ※SETだったんだね。さすがだ!




・・・でも、もう治ったから頭から離れてくれてもいいんだよ。。。

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