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2011年5月

2011年5月 5日 (木)

帰ってきました。

GW前半の1週間、都民ボランティア5期メンバーとして
一関市拠点で主に気仙沼のお手伝いをしてきました。

先ほど帰宅したばかりのホヤホヤな状態だけど、
忘れないうちに感想などを。


応募までの経緯は前回の記事で書いたけど
まず29日は朝7:30に都庁集合8:00過ぎに出発し
渋滞の影響もあって20:30くらいに一関の拠点に到着。
長時間のバス移動でぐったりな状態・・・

ちなみに5期は4~5人ごとの19班に分かれ、
都が用意してくれたレンタカーで移動しながら
だいたい9:00~15:00の時間内で活動しました。
衛生管理に重要な風呂は近隣の温泉や銭湯を利用したけど、
食事は拠点内に用意していただいてたモノでも充分でした。
寝るところも寝袋も作業着も用意してもらってるし
都民ボランティアはわりと恵まれた環境だと思いました。


自分たちの班の活動1日目(4/30)は
まず気仙沼市内の公園の清掃。
漁港が近いこともあって、津波の影響で
流れされてきた魚が大量に腐敗したまま放置されていたり
大きなガレキも放置されたままだったけど
他の班も含めたみんなの力で予想より早く終了。
その後別の場所の清掃と側溝に堆積したヘドロの除去作業。

2日目(5/1)は気仙沼市内の小学校の清掃。
こちらも川の近くなので、
校舎内に残っていた備品や大量のヘドロ、そして魚の撤去。
当初2日間かけて終わらせる予定を
みんなの力で1日で終了させ校長先生も喜んでました。

3日目(5/2)は午前中に陸前高田市の断水している地域の
高齢者宅に伺い給水のお手伝いし
ようやく気兼ねなくお風呂に入れると感謝していただき
午後は避難所となっている一関市内の学校での炊き出し作業。
炊き出しは、イメージしてた作って給仕するって感じではなく、
学校の玄関で80人分の夕食を作るだけという作業でした。
海外も含め色んな地域から届いた支援物資を見て
その場でメニューを決め、6種類くらいのメニューを作成しました。

4日目(5/3)は気仙沼市内の個人宅の清掃お手伝い。
住宅内に入り込んだり周りに堆積したヘドロの撤去や清掃。
そのお宅は3日間かけてみちがえるようにきれいになったと喜んでいました。

5日目(5/4)は気仙沼市内の公園の清掃。
公園の土の上に堆積したヘドロをひたすら土のうに詰めていく作業。
3/4くらい終わらせ1200固の土のうを作り運ぶというのを繰り返し、
今も手のひらが筋肉痛という初めての経験をしています。


そして今日(5/5)は作業は無く8:00すぎに一関を後にし、
18:30くらいに都庁に着で解散。

ざっとこんな流れでした。


自分たちが主に活動していた気仙沼市のエリアは少し内陸よりだったので
2mくらいの津波の被害はあったものの、
街が壊滅的な状態というわけではありません。

それだから被災者が生活を復興させるために
ボランティアの力を貸せるって感じだけど、
たまたま派遣された陸前高田のすぐ近くや、
気仙沼でももっと海に近いエリアは
1ヵ月半経った今でも震災直後にTVで見た風景(高いガレキの山)が
そのまま残っている感じでした。
海水と思われるのが普通に信号があったと思われる交差点にまで浸水した状態で
まだまだ自衛隊とかでなければ近づくことも危険な状態。

たった数メートル高台を下っただけで
そこは壊滅的な影響を受けた場所という境界線もまのあたりにし、
その境目っていったい何なんだろうって考えさせられました。


ともかく今回みたいな地道な作業でも
長い時間をかけての支援が必要だと改めて痛感しました。
今回の経験を生かして今後自分がどうしていけるか。
それをまた考えてみようと思います。

一緒に活動できた皆さんありがとうございました!
一人一人の力は微力でも、
それが集まると大きな力になることを実感できました。
とりあえずバトンをこれから活動するみなさんに託しますが、
今後とも宜しくお願いいたします。

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